第66章 別々の道
台所に案内されると、ヨシノからあーんと、スプーンを差し出される。ぱくりとそれを口に入れると、ぷるぷるとした食感と、爽やかな甘味が広がる。
キリ「美味しいです」
ヨシノ「本当かい? 今日いのちゃんのお母さんから林檎を沢山貰ってね、ゼリーにしてみたんだよ」
「美味しいなら良かった」と、ヨシノは満足気にそれを冷蔵庫にしまった。
ヨシノ「後でみんなで食べようね」
キリ「楽しみです」
ヨシノとキリが和やかな会話を交わして、それをシカクが優しい表情で見守って。
おかえりとただいまが、当たり前に言えるような関係に、いつからなっていたのだろうか。
キリ「……」
この陽だまりみたいな場所が、心地良くて、いつまでも浸っていたくて、キリは一度言葉を喉もとで詰まらせる。
それでも、現状維持は不可能だ。キリは小さく眉を下げて、重たい口を開いた。
キリ「……シカクさん、ヨシノさん、話があります」
シカク「どうした?」
聞くと同時に微笑んでくれるシカクに、キリの胸が少しの痛みを訴える。
小さな沈黙が陽だまりの中に落ちて、そこにキリの凛とした声が響いた。
キリ「この家を、出たいと思っています」
シカク.ヨシノ「!」
無意識に、手に力が入る。
そんなキリを見て、そっとお茶を出してくれたヨシノは「座って」と穏やかな声音を落とした。
その指示に従って、腰をおろせば、ヨシノもシカクもキリに向き直る。
ヨシノ「急にどうしたんだい?」
優しく、緊張を解いてくれるようなヨシノの言葉に、キリの涙腺が僅かに緩んだのがわかった。
ヨシノ「この家にいるのが、嫌になったかい?」
キリ「!!」
それに、ぶんぶんと首を振って、キリは慌てて言葉を紡いだ。
キリ「違います。私には……勿体無いくらい、大事にしてもらって……。お二人には感謝してもしきれないぐらい、感謝の気持ちで一杯です」
「心の底から、そう思っている」と伝えれば、ヨシノは小さく眉を下げて微笑んだ。