第65章 優しい人
脈絡のないキリの言葉を飲み込むのに、少し時間を要してから、シノは口を開いた。
シノ「それがつらいのか」
キリ「……ええ」
近頃の自分の感情の波が、まるで抑えられない上に、それはキリが望んでいない感情で。
シノ「何故そう思う」
キリ「……相手は何もしていないのに、苛立ったり、見ていると……息が詰まる」
シノ「そうか。だが、そこにはキリがそう感じるだけの何かがあるんだろう」
その言葉に、キリは慌ててそれを否定する。
キリ「違うわ。みんな良い人で、何も悪いことはしていなくて……ただ私が勝手に、そう思ってしまうだけ」
言葉を詰まらせたキリに、シノは続ける。
シノ「相手が良い人かどうかは、関係ない。例え他の人間が、その相手を悪く思わなかったとしてもだ。お前がそう思う理由が、お前にはあるんだろう」
キリ「……」
こくりと頷けば、シノも頷き返してくれる。
シノ「ならば、比べる必要はない。感じ方も、考える事も、人それぞれだ。そして、それが理由ならお前はつらく思う必要はない」
キリ「……? どうして?」
シノ「なぜなら、キリ。お前の性格は悪くなどないからだ」
キリ「……買い被り過ぎよ」
事実、今の自分は見るに堪えない。
シノ「……キリ。俺はお前に感謝している」
キリ「感謝?」
シノ「以前、ヒナタの思いを俺たちに教えてくれただろう。そして、俺たちによく話し合えと言ってくれた」
そう語りながら、シノは身体から虫を1匹放ち、それを手のひらに這わせる。