第54章 好きな人
もし仮に。本当に代わる事が出来たとしても、私のものだとキリはそう言って、気持ちだけ有難く頂くと、微笑んだ。
カカシ「……キリは、強いね」
キリ「? カカシさんの方が強いと思います」
カカシ(……俺は、昔。〈これ〉から逃げたくて仕方なかったよ)
今ですら、後悔と自責の念に苛まれている。
もしキリと同じ歳でその選択肢があれば。
自分は人に投げられるものなら、投げてしまうかもしれない。
カカシ(はぁ、この子は本当に……)
シカクがキリの事を、それはもう嬉しそうに、自慢の生徒だと胸を張るのも頷ける。
カカシは少し腰を屈めて、ぎゅっとキリの手を包み込むと、自らの額と合わせた。
カカシ(キリ。お願いだから、幸せになってね)
この子に、どうかこれ以上の試練は与えないでくれと、いるかどうかもわからない神に願った。
そんな願いを込めていたら、キリの柔らかな声音が耳に届く。
キリ「カカシさんの手は……」
カカシ「ん?」
キリ「カカシさんの手は、優しくてあたたかいです」
カカシ「!」
キリ「とても、あたたかいです」
ゆっくりと落とされた言葉が、カカシの胸に染み渡るようだった。
じっと見上げるキリの瞳が、汚くなんかないと、優しい手だと、伝えてくれているのがわかって。
年甲斐もなく、胸が切なく痛んでしまった。
カカシ「っ……、ありがと」
キリ「!」
そのまま、ぎゅっとキリを抱きしめれば、キリの小さな体はすっぽりと腕の中に収まった。
キリ「カカシさん、私……」
カカシ「何?」
ぎゅっと自身の胸もとに押し付けているキリから、くぐもった声が聞こえる。
キリ「ここへ来た頃、長く生きるつもりはありませんでした」
カカシ「!」
「死ぬつもり……いや、殺されるつもりだった」と、キリは小さな声で、そう落とした。
そんなキリを抱いている力を、カカシはほんの少し強める。
カカシ(……知ってたよ)