第54章 好きな人
あくまでも、シカマルがキリの見舞いに来ているという事を前提として、それ以上を求めたりはしなかった。
キリ(どうして)
それなのに。どうして、こんなにも胸が苦しくなってしまうのか。
すると、ぽたりと花の上に、一つの涙が落ちる。
キリ「なん、で……」
泣くつもりなど微塵もなくて、涙がこぼれた事に、自分でも驚きを隠せなかった。
キリ(……っ)
じわりと滲んだ視界に、キリは乱暴に目元をこする。
それ以上にこれが溢れることを、自分で許す事が出来なかった。
それから、検診に訪れた医療員とシカマルの会話をどうにか、右から左へと流す事だけに努める。
そして、また花瓶の水を取り換えようとした彼女に、結局キリは何も言わなかった。
わざわざそれを言う事が、今はいやらしく感じて仕方がなかったから。
すると、気付いたシカマルが医療員に声をかける。
シカ「あ、それさっきキリが水換えてたぜ」
キリ「!」
すると「そうでしたか」と、花瓶を置いた彼女。
キリ(……っ)
何の意味もない、ただ何気なく言ってくれたシカマルのその言葉が、こんなにも嬉しく感じるなんて思わなかった。
ほわっと胸があたたくなったのを感じる。
そしてまた、それは負の感情を攻撃するかのように、キリの心を軋ませた。
それから後も、様々な気持ちが絡まり合ったまま、キリはただ時間が過ぎるのを待った。