第54章 好きな人
善意で水を取り替えてくれようとしている彼女の優しさであることはわかっている。
キリ(でも……)
大切なものだった。
いつも大事にしていたのに。
何も彼女だって、自分のものにしようとしているわけではない。頭では分かっているのに、どうしてか大切なものをとられたかのような気持ちになってしまった。
キリ(っ……)
なんで、こんな気持ちになってしまうのか。
その花に触らないで、そんな醜い感情を抱いてしまった。
医療員の事を決して、嫌っているわけではない。
むしろ、仕事に対してふるまいや、彼女自身の人柄に好感を持っているのに。
キリが好きなシカマルと、好感の持てる優しい彼女。二人とも好きなのに、二人が揃えば溢れ出る負の感情が、自分でも不思議でならなかった。
シカマルを。
同じ人を好きになった者が、こんなに狭い空間の中に二人いる事が。三人でいるこの病室が、正直つらくて仕方ない。
見たくなくて、居たくない。
でも何より一番、そんな事を思ってしまう自分を嫌いになっていく。
キリ「もう、来ないで」
小さな声が、ぽつりと溢れる。
シカ「何してんだ? 早く座れよ」
キリ「………」
どうやら先ほどの言葉は、シカマルには聞こえていなかったようで、キリはふと視線を下げた。
…………………………
「もう、来ないで」
キリの発した言葉に、シカマルはぴくりと一瞬、体の動きが停止する。
シカ「何してんだ? 早く座れよ」
あまりに急なそれを、とりあえず聞こえなかった事にして、飄々とそう言ってみれば、キリは少し視線を伏せた後。
とことことベッドに戻ってきた。