第54章 好きな人
『す、すみません。長々とこんな話を……』
「興味ありませんよね」と謝罪する彼女に、キリは力なく首を振る。
キリ「そんな事ないわ」
にこにこと愛想の良い彼女は、これまでにどれほど辛い思いをして来たのだろうか。
〈奪った自分〉には、奪われた悲しさと辛さがわからない。
『聞いてくれてありがとうございます。何よりも、シカマルさんに会わせてくれてありがとうございました』
「それでは、また明日の朝検診で」そう言って、病室を後にする医療員。
もう、その頃のキリには、医療員に自分もシカマルが好きなのだと伝えようなんて、そんな考えは頭に残っていなかった。
…………………………
その日の夜は、中々眠る事が出来ずに朝を迎えた。
キリ(………)
こんなにも心が重くて、息苦しい夜は久しぶりだった。
確かにもう一度、生きていくと決めた。
イチカとも約束したそれを、反故するつもりはない。
だからといって、決して。
あの日を。
樹の里での出来事を忘れたわけでなければ、キリの手で奪った家族と同胞の命を軽んじているわけでもない。
締め付けられるように心臓が痛む。
ベッドから見上げる天井が、いつもよりも低く感じて仕方がない。
あの日の行動を思い返せば、どれほど言い訳をしても、どう足掻いても、免罪符が見つからない。
無かった事にしたわけではないのだ。
許されない罪を背負って生きている。
ただ、真っ直ぐで綺麗な医療員を見て、その現実が突きつけられただけだ。
カチャカチャと、出された朝食を無意識につつくだけで、キリの口にはいっこうに運ばれない。
『キリさん? どうかしましたか?』
キリ「!!」
ぼんやりと重たい過去の中にいたキリが、現実に引き戻される。