第54章 好きな人
確かに、付き合っているわけではない。けれども。
キリ(私も彼に好意を寄せている事を……)
伝えなくてはいけない気がした。
そうでなければ、仕事の合間に病室に来てくれる彼女とまた、対等にお喋りをする事も出来なくなってしまう気がした。
キリ「私ーー」
『私、家族がいないんです』
キリ「!」
戸惑いながら小さく発した声は、医療員の声に重なって消えてしまった。
『小さい頃に家族旅行で里を出ていた時に、盗賊に襲われて。私以外の家族みんなの命を奪われました』
キリ「っ……」
〈家族が殺された〉
その言葉が、キリの胸を抉るように、奥深くまで刺さる。
『それから、有難い事に私を引き取ってくれた家庭があったのですが、その時は家族が恋しくてたまりませんでした。ふらふらと外を探している途中で、迷子になってしまって……その時にシカマルさんが助けてくれて、王子様だと思いました!!』
「外をいくら探したって、もう家族はいるはずないのですが……」と寂しさを乗せた笑顔に、キリの心臓はつかまれたように苦しくなった。
『シカマルさんの事を探したかったのですが、頼れる人もいなくて。環境に慣れる事に必死で、そんな余裕もなく……』
「またこうして会えた事が夢のように嬉しい」と、彼女は花を咲かせる。
『あんな素敵な人と一緒になれたりしたら、きっと凄く凄く幸せですよね』
キリ「そう……ね」
『もっと大人になったら、あたたかい家庭を持つのが夢なんです!』
キリ「それは……素敵ね」
それが精一杯、絞り出した相槌だった。
綺麗な子だと思った。
可愛い子だと思った。
純粋な想いを募らせて、はにかむ笑顔が綺麗だと……そう思った。
彼女が一つ、一つと綺麗な想いを告げるたび。
キリの汚さが、掘り起こされているようで。白い彼女と反比例して、黒く影を強めていく自分。
キリの過去を知らない彼女に、そんなつもりがあるはずないのに。
人を殺めたこの罪を、責められているような気がして、息が上手く吸えなくなった。