第54章 好きな人
もぞもぞと少し落ち着かない様子で、医療員は続ける。
『迷子になってしまった時に、シカマルさんが助けてくれて……手を引いて家の近くまで連れて行ってくれました』
キリ「へぇ」
やはり。無愛想な彼ではあるが、昔から優しい人だったのだとキリは微笑みを浮かべる。
『昔よりもずっと男らしくなっていて、声も低くて……かっこいい方になっていてびっくりしました』
熱をともした医療員の眼差しに、キリの言葉が詰まる。
キリ「……そ、う」
『あ、あの。シカマルさんは……また、ここにいらっしゃいますか?』
キリ「え……と」
何故だろうか。
いつも通りの愛らしい彼女の声が、今ばかりは好意的に捉える事が出来なかった。
キリ「どうして?」
聞いてからすぐに、しまったと。そう思った。
きっとこれは、聞いてはいけない。
いや、やっぱりいいと、今の言葉を撤回しようとする前に、医療員からの返事が届いてしまった。
『……私。ずっと、お慕いしていて、まさかまた会えるなんて思ってもいませんでした』
「下の名前しか知らなくて、ずっとどこかでまた会えないだろうかと思っていた」と、医療員から告げられる。
キリ(っ……)
ある程度、予想が出来た返答は、キリが一番望んでいないものだった。
どくりと心臓が嫌な音を立てる。
そんなキリの対応に、医療員は何かに気付いたようにハッと口もとに手を当てた。
『す、すみません!! もしかして、キリさんは、シカマルさんとお付き合いをされているのでしょうか』
「だからお見舞いに……私ったらなんて事を、申し訳ありません!」と、慌てふためく医療員に、キリは首を振ってそれを否定する。
キリ「いえ……彼は恋人ではないわ」
そう言えば、医療員はパッと表情を明るくさせる。
『ほ、本当ですか? 良かった……彼女さんに向かってなんて失礼な事を言ってしまったのかと……』
ホッと安心して、嬉しそうな顔を見せる医療員に、キリの胸がよりいっそう痛みを訴え始める。