第49章 父親
ネジ「幼い頃の私にとって、ヒナタ様はとても大切な存在で……分不相応な事を申し上げますが、まるで妹君が出来たような、そんな気持ちを抱いていました」
ヒアシがネジの穏やかな声音を聞いたのは、いつぶりだろうか。
ネジ「ヒナタ様にもあのような態度をとっておいて今更何をと……そう思われても仕方がありません。これまでの時間もなかった事にはなりませんが、だからこそ」
真っ直ぐにヒアシを見るネジの視線が、幼い頃に見た……あの、優しい眼差しに戻っていた。
ネジ「過去の過ちを省みて……これから全身全霊をもって、ヒナタ様をお守りすると、そう誓いました」
ネジの発言に、目を見開いたヒアシは、小さく言葉を落とした。
ヒアシ「……まさか、ネジ。お前とこんな話をする日が来るとは思わなかった」
そんなヒアシを見て、ネジはくっと眉を寄せて微笑みをたずさえる。
ネジ「先程もお伝えしましたが、私は宗家を許したわけではありません。ですが……貴方がいなければ、ヒナタ様とお会いする事もなかった。それだけは、心から感謝致します」
ヒアシ「……っ」
ネジ「……不思議なものですね。同じ人物である事に変わりはないのに、ヒナタ様の父上だと思うだけで……私怨も薄らいでいく気がします」
ヒアシ「ネジお前にはーー」
ヒザシの事で、謝らなければならない事があると、そう言おうとした時。
ネジの言葉がそれを遮った。
ネジ「ヒアシ様、申し訳ありません。私は至急、分家に戻り、ヒナタ様を受け入れる手筈を整えなくてはなりません」
そう言って、サッとネジは立ち上がる。
ネジ「あの女、キリはまず間違いなく本気です。くっ、このままでは手遅れになる……ヒアシ様、私はこれにて失礼致します」
それでは、と廊下を颯爽と駆けていくネジの後ろ姿を、ヒアシはただ見送る事しか出来なかった。
ヒアシ「………私は……」
今日、多くの者が訪れたこの道場。
そして彼らは、ここにたくさんの言葉を残していった。
ヒアシ「私は……間違っていたのか……」
日向の名を背負ったヒアシが溢した葛藤は、誰の耳にも入ること無く、この広い道場に消えていった。