第36章 決別
キリ「感謝してる。……本当言うと、嬉しくもあった。ここに、自分は居てもいいのかと思ってしまった事もある」
『じゃあなんで……』
キリ「でも、長く生きるつもりは初めから無かった。あれだけの事をした私が生きてるなんて、樹の里のみんなに申し訳が立たないでしょう」
ぎゅっと、イチカのこぶしを握る手に力が入った。
キリ「善意で私をここに置いてくれた恩は返したい。でも、もうすぐに死ぬのだから。ここで楽しい思い出も、幸せを感じることも……それを共感する人も、必要ない。だからあなたも、もう私に関わらないで」
イチカ「っ! このっ……!!」
ボンッという音と共に、変化を解いたイチカに、キリは目を丸くする。
キリ「イチカ!?」
イチカ「ばか! この大馬鹿!!!」
その勢いのまま突っ込んでいったイチカはキリと、その場に倒れこむ。
イチカ「あんた……なんて、なんて不器用な生き方してんのよ!!」
馬乗りとなったイチカは、キリの胸ぐらを掴みあげる。
イチカ「あんたのっ! その声は……その顔は一体なんなのよ……っ!!」
どうして、そんなに抑揚のない無機質な声で話すのか。
動かし方を忘れたかのように、不自然な程に動かないその顔の筋肉は、どうしたというのか。
キリ「イチカ……どうして…泣くの」
イチカ「あんたが馬鹿だからに決まってるでしょ!?」
イチカは樹の里に居た頃のキリを思い出す。
嬉しい時は照れているのか少したどたどしくなるキリの愛らしいところ。
拗ねると少し声が低くなる子どもみたいなところ。
イチカの姿を見つけると、いつも目を細めてふわりとした笑顔を向けてくるところ。
そんな、そんなキリが、今はどこにもいなかった。