第8章 思わぬ助け舟
ふと、向こうに気をやると、先ほどまでいた男がいなくなっていた。
確か、名前は奈良シカマルだったか。
彼は1週間ほど前、あの迷子の鹿の一件から妙にこちらを気にかけてくるようになった。
たまに後をついてくるような素振りもみせる。彼もまた、このくノ一達のように、私に何か言いたい事があるのだろうか。
キリ(あぁ、そういえば)
彼はあの時、なぜ鹿を連れていったのかと言っていた。私が子鹿を連れ去ったと思っているため、それについて聞きたい事があるのかもしれない。
キリ(……放っておいてくれればいいけど)
このタイミングで姿を消した彼に、どうかイルカを呼んではくれるなよ、と願う。うみのイルカはこの里で、三代目と同様によく私に構ってくる。
良い先生である彼が、この現場を見れば、きっとキリを擁護する。その後の面倒な結果は、手に取るように頭に浮かんだ。
「ちょっと!聞いてるの!?どこまでも人のこと馬鹿にして!」
彼女は顔を赤くして、キリを頬を打とうと右手を上げる。
その瞬間、向こうから話し声が聞こえてきた。
シカ「悪いなチョウジ。付き合ってもらってよ、多分演習場に置いて来ちまったんだよな」
チョウ「別にいいよ、これくらい」
そう言って、さも偶然のように彼らは歩いてきた。
「!! ねぇ、やばいよ誰か来る!」
通行人に気付いた取り巻きの女の子は、焦った様子だった。
右手を振り上げた彼女は、キッとこちらを睨みつけたあと、ばたばたと教室へ戻っていく。
騒がしかった廊下に、静寂が訪れた。
キリ「……………………」
シカ「あー、その、なんだ」
彼は、なんと声をかけたらいいのか言葉に悩んでいるようだった。
キリ(……私を助けた…?)