第5章 迷子の鹿
眉間に皺を寄せてこちらを見てくるが、今は私への非難の言葉を聞いている暇はない。
キリ「そこをどいて」
シカ「それがそうもいかねーんだよ、待て」
通り過ぎようと足を踏み出せば、その道を塞がれる。
「きゅ……」
腕の中で鳴く子鹿の声が、始めよりもか細くなっていることに気が急いた。
キリ「どけと言っている」
殺気を込めてそう言えば、ばたばたと森の鳥たちが飛び立って、辺りの空気が一変する。
シカ「っ、だから、そういうわけにはいかねーんだよ。お前、その鹿どこから連れてきた」
キリ「そんなことは今どうでもいい、どけ」
シカ「っ危ねぇっ」
ひゅんっとクナイを飛ばして、再び足を進めようとすれば、急に体が動かなくなる。
キリ「!?」
シカ「影真似の術、成功」
足元を見れば、目の前の男と自分の影が繋がっていた。
キリ(今、揉め合っている時間はないのに……っ!)
小さな命が失われようとしている。まだ息のある子鹿が、いつ呼吸を止めてしまうか分からない。
シカ「なんの為に連れ出したのかはわからねーが、お前にはついてきてもらうぜ。話を聞かせてもらう」
キリ「連れ出した……?」
シカク「なにしてんだ」