第5章 迷子の鹿
声が次第に大きくなり、崖を覗き込めば、途中で小さな鹿の姿が見えた。
うずくまっていた鹿は、私の存在に気付くと助けを求めるように立ち上がる。
お腹からは血が流れ出ていた。落ちている途中、木に引っかかったのかもしれない。
キリ「動かないで!」
うろうろと小さな足場を歩く子鹿の後ろ足が片方、外へ落ちてしまう。ばたばたと必死で上にあがろうとするが、反して体はずり落ちていく。
キリ「っ!!」
キリは崖に飛び込み、足場へ着地すると、すぐさま子鹿を引き上げる。
キリ「…傷が深い」
ぽたぽたと落ちる血に顔をしかめて、ポーチから包帯を取り出して手早く止血をする。
キリ「じっとしててね」
傷が痛むのもあってか、子鹿が暴れはじめる。なだめるように声をかけながら処置すれば、子鹿はキリを見つめた。
キリ「ごめんね、大丈夫だから。じっとしていて、お願い」
(急がないと、この傷では…)
大人しくなった子鹿をひとなでして、崖の上を見上げる。
キリ「ありがとう。いい子」
(上にワイヤーをはって降りれば…)
後のことを考えずに、すぐさま飛び込んでしまった自分の無能さを悔やむ。
ふぅっと息を吐いて、左手に子鹿を抱き寄せる。残った方で崖に手をかけて、慎重にかつ迅速に、崖を登っていく。
キリ「っ、はぁっ はぁっ」
登り始めはまだいいが、途中で何の嫌がらせかと思うほどに崖に凹凸がなくなって、何度落ちたかわからない。
危うく、あの足場を通り越して、下まで落ちかけたこともあった。救助どころか道づれにしてしまう所だ。
落ちる度に痛そうにうめく子鹿に謝りながら、やっと上まで戻ってこれた。
キリ「はっ、はぁっもう少し」
頑張って と子鹿を両手に抱いて、木ノ葉の里へと走る。
(とにかく火影室に連れて行けば、後は三代目がどうにか対処してくれるはず)
子鹿に巻いた包帯が、いつの間にか赤く染まっていた。汗が全身から溢れるが、呼吸を整えている余裕はない。
(っ、急がないと)
更にスピードを上げて、里に近付いてきた所で、人の気配がした。
シカ「おいっ、ちょっと待て」
目の前に現れたのは、同じアカデミーにいた男だった。