第28章 悪意の善意
あのキリが、自ら関わってくる事など、任務中や修業中の指示を除いて、今まであっただろうか。
もしかすると親父にはあるかも知れないが、シカマルに対しては、間違いなく無い。
その初めてをこんな風に終えてしまった。
こんな事を言ったってどうしようもないことはわかっているが、時間を戻してくれ、とそんな不毛な事を柄にもなく思ってしまう。
たとえ汗にまみれていようとも、キリはそんな事を気にするような奴ではないだろう。
あの時、平気だ、大丈夫だと、そんなちっぽけな見栄をはるのではなく。
シカマルが本当にすべきだったのは、心配してくれたキリに、ありがとうと言うことだったのだ。
右手を降ろして「ごめんなさい」と言ったキリの姿が頭に浮かぶ。
シカ(……嬉しかったんだよ)
突然のキリの優しさに触れて、鼓動がうるさく高鳴るほどに。
嫌だなんて、微塵も思っていやしない。
どうかそれが少しでも伝わってくれないかと、キリに視線を向けるが、凛と前を向いて歩くキリとそれが混じることは無い。
もやもやと広がる後悔と。
来客の訪れに、嬉しそうに先頭を歩く老婆の姿を見るとなんとも言えない気持ちになった。