第28章 悪意の善意
ああでも。キリはこんなに余裕があるのに、自分だけがついていけてないなんて、ださいところをキリにはバレたくなくて。
いやそれもとっくにキリにはバレているのだろうが、それでも好きな女の前でぐらい見栄を張りたいではないか。
自分よりも少しだけ高いキリの顔が間近に見える。
どうすればいいのかわからずに、きゅっと目を閉じると、キリはそっと近くの汗をぬぐってくれた。
どくどくと早い鼓動は、きっとここまで走って来たことが原因ではないのだろう。
シカ(あ、やべっ、俺いまっ……!)
ふと今の状況が頭によぎって、シカマルは急いでキリから距離をとった。
こんなに滝のような汗を流しているのだ。さぞかし自分は汗臭い事だろう。
先ほどまでは気にする余裕すらなかったが、一度気にかけてみると自分自身でもそれがわかったのだから相当なはずだ。
そんな不愉快な思いをキリにさせたくはないし、させるわけにはいかない。
そんな思いからの行動だったが、シカマルはすぐに己の失態に気が付いた。
シカ「あっ……」
汗をふいてくれていたキリの右手は、対象がいなくなって、ゆっくりと降ろされる。
キリ「ごめんなさい、軽率だった」
「嫌だったでしょう」ともう一度謝られて、ぎゅっと胸が痛くなった。
シカ(嫌なわけねー)
シカ「キリ、違っーー」
『あら、シカクさんとこのぼっちゃんじゃないのかい?』
シカ「!」
違うと言い切る前に、突然聞こえてきた声。
視線を向ければ、そこには少し腰の曲がった一人の老婆の姿があった。
『やっぱり、そうだろう?大きくなったね』