第26章 両手に花
いつも、家へ入れば【おかえり】と迎えてくれるシカク達に、キリの心は今でも揺れる。
キリはそれらに小さく頭を下げるのみで、返答すらしたことがなかったのだが……。
キリ(でも……)
自分が「おかえりなさい」と、声をかけることでシカクは果たして嬉しく思うのだろうか。
さらにここは彼らの家であり、キリの家であるわけではない。みんなが温かく迎えてくれてはいるが、あくまでも居候の身である。
だから、今まで三人の「おかえりなさい」に、嬉しく思ってはいてもキリは「ただいま」と答えたことはなかったのだ。
自分がそう答えることに、ひどく違和感を感じるから。
キリ(私がおかえりなんて……厚かましいでしょう……)
世話になっている身の上で。彼らの優しさに浸かるようで、ためらいを覚える。
しかし、迷惑をかけない、又は軽減させることに尽せても。
シカクへのお返しというのは本当に難しい。技術指導もサポートも不可、金銭支援も不可、仕事の肩代わりも不可、八方塞がりである。
キリ(なにか、他には……)
いつまでも、まとまらない考えはぐるぐると回り続けた。
それからも、考えは定まらないまま時間だけが過ぎていき、あっという間にシカクが帰宅する夜が訪れる。