第3章 もう一つの呼吸
蝶屋敷で頂いた夕御飯は流石というべきか、体に良さそうというか、全てがちょうど良かった。
魚の干物、根菜の煮物、漬物、豆腐の味噌汁……
怪我人が栄養のある物をしっかり取れるようになっていた。
名前もここ暫くは藤の花の家紋の家にも頼ることなくいたために、食事が疎かになり一日一食という事もあった。
美味しそうな匂いに忘れていた食欲が出てくる。
大広間にはしのぶの他にアオイ、蝶屋敷で働いているなほ、きよ、すみが居た。
「男の人がいると緊張しますね!」
「緊張しますね!」
「なほちゃんすみちゃん、目の前で言うのは失礼だよっ」
三人娘は食事の準備をしながら目の前に居る名前を見て会話をしている。
『お邪魔だったかな?』
「いえいえそんな事っ!」
「ないですっ!」
「ないですーー!!」
名前は勢いの強い三人に笑ってみせると、一つ空席があるのを見て首を傾げた。
『あの、この席は?』
「ああ、カナヲね。もうすぐ来ると思うわ」
しのぶがそう言うのと同時に部屋に入ってきたのは、最終選別で見た顔、栗花落カナヲだった。
聞いた話によるとしのぶの継子になったようで、その実力は計り知れない。
『こんばんは、お邪魔してるよ』
「……」
名前は挨拶をするもカナヲは無言のまま小さく頷くだけだった。
そのまま、表情を変えずに席に着く。
「ごめんなさいね、自分の気持ちを中々出せなくて。歓迎はしているのよ」
しのぶの助言に名前は苦笑いを浮かべる。
確かに最終選別の時も全然動じてなかったなと思い出す。
「さぁ、いただきましょう」
『頂きます』
しのぶの言葉に名前は手を合わせ食事に手をつける。
とても温かく、美味しかった。
……
『ありがとうございました、皆で食事をするとさらに美味しく感じますね』
食事が済んだ後、名前は蝶屋敷の玄関で見送りにきていたしのぶに挨拶をした。
「また食事しに来てくださいね。体の不調もあればすぐに診ますので」
『ありがとうございます』
日もすっかり落ちて真っ暗だが、夜道は慣れているので大丈夫だろう。
「名前さん」
『はい?』
「頑張ってくださいね」
しのぶの言葉に名前は少しだけ認められた気がした。