第1章 翡翠の刃で刺し殺す
暗闇の降雪地帯を迷い無く駆け巡る蒸気機関車の車輪が、高速回転する音。
車内が揺れる度に、クロ・ジェイドバインの鳥の濡れ羽色をした美しい黒髪が左右に流れる。
瞳は固く閉じられ、縁取られた長い睫毛が際立っている。
薄い唇もまた固く閉じられ、微動だにしないその姿はまるで陶器で造られた人形のようだ。
空気の流れさえ感じさせぬ静止空間。それは彼女が数時間前の記憶を正確に想起させている裏付けだった。
黒の教団、司令室。
教団の統率、管理を任された"室長"という地位に座するコムイ・リーが、資料を眺めながらジェイドバインと対面している。
「モスクワの郊外にある古い教会で、AKUMAの存在が示唆されている」
「どのような内容でしょうか?」
コムイはコーヒーを一口含む。
「事前に送り込んだファインダー部隊によると、事件発生の推定時刻は三日前の午後十一時前後。AKUMAの被害を受けたのは、地元警察官二名。どちらもウイルスに感染し、粉砕された状態で、翌日発見された」
「シスターや信者ではなく、警官…ですか。見回りか何かをしていたんですか?」
「それがねー…、AKUMAの一件が起きる前に、この教会で失踪事件があったみたいなんだ。それで調査している最中に襲われたらしい」
「その二つの事件、関連性は?」
「何とも言えないね…」
室長はこめかみを押さえ、今にも溜め息を吐きそうな表情をする。