第1章 あの人は、、、
「悲鳴嶼さん、、、」
「なんだ?」
「呼んだみただけです。」
鈴音が笑う。
「、、、君の声は鈴のようだな。」
「ごめんなさい。うるさかったですか?」
「いや、心地よい。私は目が見えない。声や話し方で人柄や性格がわかるようになったが、君は明るく、裏表がないように感じる。」
「悲鳴嶼さん、目が?」
そんな事を感じた事は一度もなかった。集落を通る時もあるが、特に人にぶつかることもなく、買い物だってしていた筈だ。
「もう長い事見えない。その変わりなのだろうな。物の気配に敏感でな。人にもぶつからないし、家や塀に当たることもない。」
その時、悲鳴嶼の膝の上で寝ていた野良猫が起きた。膝の上で大きく伸びをすると、膝から飛び降り、どこかへ行ってしまう。
「あぁっ、今日は撫でられなかった。」
鈴音が肩を落とすと、悲鳴嶼が微笑んだ。
「さぁ、私は行くとしよう。」
「あっ、悲鳴嶼さん。」
歩き出した悲鳴嶼に、鈴音は声をかける。
「またいらっしゃいますか?」
そう言ったは良いものの、自分がひどく恥ずかしい事を聞いた気がして、鈴音は顔を赤くした。
「あ、あの猫ちゃん、よくここに居るんです。私も数日おきに来ていて、、、」
悲鳴嶼は、鈴音の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「時間がある時に、また来よう。」
悲鳴嶼はその場を立ち去った。鈴音はその背中を見ていた。