第29章 収穫祭の珍事
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「信長様、本当にすぐすみますから、離して頂けませんか?」
部屋へ向かう途中、伽耶の声が聞こえて来た。
(そう言えば、厠へ行くと言っておったな)
足音を忍ばせ声のする方へ近づくと、
「例え一時でも離れたくはない」
見知らぬ男が伽耶の腰に手を回して顔を近づけ、今にも口づけをしそうな勢いでいる!
(はっ?何をしておるっ!)
刀に手を掛け飛び出す寸前で、
「信長様っ!?」
(何?)
伽耶がその男を俺の名で呼んだため、出鼻を挫かれた。
(……っ、少し様子を見るか)
今すぐにでも切り殺したい衝動を抑えて動きを止め、再び動向を探る。
どうやら伽耶は、目の前の見知らぬ男を俺だと思っている様だ。
(なる程…これは、化かしたいと思う相手にのみ姿が違って見えるのか…)
そしてそうは見えぬ相手からはその者がまるで別の物と浮気をしている様に見えて、仲を引き裂くと言うわけだ。
(先ほどの女とのやり取りを伽耶がもし目にしていたら激怒したであろうな)
「お前は可愛いな」
悋気で怒りを露わにする伽耶の姿を思い浮かべ、そんな姿すら愛らしいと思い笑いをこらえていると、男が伽耶の耳元で許しがたい言葉を囁いた。
(いかん、あの男を今すぐ斬って捨てたい。それに伽耶、なぜ貴様はあれが俺ではないと気づかんっ!)
己も先程の女に欲を膨らませておいてなんだが、まんまと騙されている伽耶にも呆れと軽い怒りが込み上げた。
「早くお前を抱きたい」
男は徐々に言動が大胆になって行ったが、伽耶は何かを感じ取ったのか、その男を両手で突き飛ばして距離を取った。
「あなたは誰っ!?」
(やっと気づいたか)
伽耶が偽物と気づいた事で俺は安堵のため息を吐き、伽耶を助けに出た。