第13章 中秋の名月
戦から戻ると既に九月になっていて、そこからの日々はあっという間に過ぎて、いよいよ別れの日が近づいてきていた。
「日も短くなって来たな」
城下町を歩けば芋や栗を蒸す匂いが甘味屋から漂って来る。すっかり秋模様だ。
「ごめんください」
呉服屋の暖簾をくぐる。
今日が、この時代での仕事納め。仕上げた最後の着物を持って来た。
「伽耶様いらっしゃいませ。どうぞお上がり下さい」
人の良い店主の笑顔も今日が最後だと思うとやはり寂しい。
「失礼します」
店の中に上がり、店主の前にたとう紙に包まれた最後の品を置いた。
店主はそれを手に取り確認をしていく。
「いつもながら見事な仕上がりです。伽耶様の仕立てた着物がもう見られないのかと思うと寂しいですな」
「そう言って頂けて嬉しいです。でも私もこのお店の皆さんに会えなくなるのはとても寂しいです。短い間でしたが大変お世話になりました」
ここ数日、訪れた店々でしているこの挨拶もこのお店で最後だ。
「伽耶様は信長様とご一緒になられるのだとばかり思っておりましたので、故郷に帰ると聞いた時には驚きました」
本当にそう思っていたのだと優しく笑いながら店主は胸の内を伝えてくれる。
「ふふっ、そんな風に思ってもらえてたなんて光栄です。でも私と信長様はそんなんじゃありませんから」
この言葉も、行く先々で聞かれ答えて来た言葉だ。
「お元気でお過ごし下さい」
「ありがとうございます。ご主人もお元気で」
軽くお辞儀をして店を出た。
「はぁ、これで仕事関係の挨拶回りは終了」
軽く伸びをして視線を落とすと、店先にススキが飾ってある。
「これを見るとお月見をイメージしちゃうな…」
今年の中秋の名月は私が未来に帰る日だって聞いた。だから、信長様と一緒に満月は見られない。
「って言うか、そもそも信長様も今ここ(安土)にいないし…」
満月どころか、あの戦から戻った次の日から信長様とは会っていない。
朝廷から呼び出され、京の御所に足止めされて戻るに戻れない状況らしい。
戦に連れて行った位だから、京にも一緒に来いって言われるかも…と思っていたけど、それはとんだ思い上がりで、信長様は私に何かを伝える事なく京へと旅立ってしまった。