第11章 晩酌③ 〜祭りの後編〜
「信長様、お酒をお持ちしました」
天主の廻縁に出て外の風に当たっていると、女中が酒の膳を持ってやって来た。
俺の横にその膳を置くと、女中は部屋を出て行く。
置かれた膳に目を落とせば、盃は二口ある。
「今宵は無駄になったな…」
一緒に飲むつもりだった女は、急な体調不良を理由に女中を使って断りを入れて来た。
「また逃げられたか」
理由は分かっておる。祭りでの口づけだ…
「まるで、あの時と同じだな」
手中にあるのに、するりと逃げて行ったあの日と…
あの日、あの水害の村から戻った次の朝、男として意識させようと思った俺の行動は、いつも以上に伽耶の顔を困らせる結果となった。
奴の困った顔を見るのは楽しみの一つだった筈だが…
あの朝の伽耶の顔は、困惑の中に苦しさも見られ、それ以上奴に近づく事が躊躇われた。
頬を赤らめ困った顔をする様は好きだ。だが、苦しめたい訳じゃない。どうすればいつものように奴が笑うのか…
「俺は貴様を気に入っておる」
こう言えば奴は安心し警戒心を解くと思ったが、逆効果だった。
「“気に入っている”と”好き”は同類ではありません」
伽耶はなお一層苦しそうな顔をしてそう言い、俺と目を合わせる事なく部屋から出て行った。
“気に入ってると好きは同類ではない。”
奴の言葉の意味は俺には全く理解ができず、奴との距離の詰め方が分からなくなった俺は、忙しさも相まって、伽耶とはあの日から朝餉の時以来顔を合わせなくなっていた。
そんな折、奴が意外な事で俺の部屋を訪れた。
足音で奴が来たことが分かるほどに、俺は奴の訪れを待っていらしい。
「あの…」
襖越しに伽耶の声。
「伽耶、入って良い」
待ちきれずに俺は奴に部屋に入る様に促した。