第10章 夏祭り
水害の復興支援から数日が経ち、私はいわゆるこの時代の日常生活に戻っていた。
あの朝、目覚めたら一緒に寝ていた時以来、信長様とは朝餉の時に挨拶を交わす程度しか会っていない。
気に入っている。と言う信長様の言葉は私に重くのしかかっていて、あの日からその言葉の意味を考えては消し、考えては消すを繰り返していた。
あの言葉、本当は嬉しかった…。
そして同時に気づいてしまった。私が信長様といて揶揄われても呆れられても意地悪されても心地いいのは、素の自分を曝け出してもそれを受け止めてくれているからだってことを…
大地の時にはできなかった”本当の自分を見せる”ことが私は自然と信長様にはできていて、それを信長様は受け止めてくれていた。そしてそんな私を気に入っている…と。
でも…、気持ちはどうしてもそこから先に進もうとはしない。
私はやっぱり500年後の日本に帰りたい。
この気持ちがある限り私は信長様を好きになることはできないし、信長様に”気に入っている”以上の感情を求めることもできない。
だから距離を置く。
“賭けだから”を理由に逃げて、芽生えかけのこの感情がこれ以上育たないように、水を絶ち枯らさなければ…
今できることは、この旅行を悔いなく楽しんで終わらせること。安土のみんなに出来うる限りの恩返しをしてこの地を去ること。
残りの時間を精一杯頑張って過ごそうと、そればかりを必死で考える事にしていた。
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「…えっ、夏祭りがあるんですか?」
城下へお届け物に行くと、夏祭りが5日後にあると店主から聞いた。
「ええ、この安土の祭りは花火も打ち上がりますし、遠方からわざわざ観に来る人も多く派手に賑わいますよ」
「そうなんですね。楽しみですね」
この時代にもお祭りがあるなんて思っていなかったけど、良く考えたら今は8月で私のいた時代も各地で様々なお祭りが開催される時期だ。
現代にいたらお祭りに来て行く浴衣をどうしようか迷ってたのが嘘みたいに今では毎日が着物生活。
「んーでも、浴衣を新調してお祭り楽しんじゃおうかな」
一生に一度の戦国祭り体験。それに今日は今朝もらったお給金も持って来てる。
楽しみたい。そんな考えが芽生えて、私はちょっと寄り道をすることにした。