第1章 松の巻
その門扉には金箔が貼られ、壁には色とりどりの石が埋め込まれている。
屋根は古今東西名の知れた御殿を模した細工がそこここにあしらわれて、それはもう噎せ返るほど綺羅びやかな…………
その実(じつ)一歩中へ足を踏み入れれば禍々しい男たちの欲望と女たちの執念が蠢く場所――――――それがここ『遊郭』。
華やかな表門とは真逆の暗く粗末な裏門から、今日もまた一人、娘が入ってきた様だよ?
おや?今日の娘はいつもの娘とちょいと様子が違うねえ。
裏門から入ってくる娘は皆、この世の終わりを見る様な目をしているのにねえ。
この娘の目は光りを帯びて「凛」と前を見据えているよ。
興味深いね。ちょうど退屈していたところだ。
追ってみようかねえ。
―――――申し遅れました。私めはこちらの遊郭の庭に商売繁盛を願って植えられた「松の木」に御座います。
もう本当に長い長い間、この遊郭の一部始終を見せられております。裏表、知らないことなどありゃしません。
そう、この新入りのちょいと風変わりな娘を連れて廊下をゆくいわゆる「遣手」と言われる女、「領」殿よりもよっぽど中のことは存じておりますよ。
「さっさと来るんだよ!まったく女将はまた仕事を増やして!」
どうやら「訳あり」らしいこの娘の世話を言いつけられた領殿はご立腹の様だね。
「丁度昨夜遅くに売りつけられた娘らがいるから一緒に検分するよ!」
ガラッと領殿が乱暴に開けた裏口脇の小部屋には昨夜売られてきた二人の娘たちが隅っこで細い肩を震わせていた。
「丁度三人だね。」
領殿はそこにいる娘たちをぐるりと見渡した。
そして一人ずつ指を指す。
「「見てくれ」から―――お前たちの呼び名は、甲、乙、丙、だ。いいね!」
おやおや、領殿に連れられてきた娘は「乙」の名をもらったよ。
こういった娘の性分は何でも一番じゃないと気が済まないはず。
じっと下唇を噛んで耐えているところを見ると、どうやらよっぽどのことがあったのだろうねえ。
ますます興味深い娘だね。