第9章 忘れたことなんて
気が付いたら、空は赤くなっていてカラスが鳴いていた。
思ったよりも長くここに居たらしい。
ずっとしゃがんで膝を抱えていたせいか、足が少し痛い。
いつもそうだ。
みんなの前に来ると、いつもかつての記憶を思い出して時間を忘れてしまう。
「…寒い」
冷たい風が頬を掠めて、この場に私1人しか居ないことを痛感させられる。
桶と柄杓も持って立ち上がった。
「また来るね」
そう言って拳を突き出す。
私の拳に同じように拳を当ててくれる人なんて誰もいないけど。
その場から立ち去ってゆっくりと歩いていると、先程とは違った少し暖かくやわらかい風が横を通った。
まるで、待ってるよとでも言いたげな、
「…うん、待ってて」
私は静かに笑うと、再び歩いて帰路に着いた。