第9章 忘れたことなんて
近くの花屋でお花を買い、数珠と線香を持って来たここは、そう、墓地。
すれ違った住職の方に会釈をし、何度来たか分からない道を歩く。
こんなに沢山墓石が並んでいるのに、迷うことなく来れてしまう。
『萩原家之墓』
そう書かれた墓石の前で、私は立ち止まった。
今日は7日。萩の月命日。
花を変え、全体を水で流し、線香に火をつけ、数珠を持って手を合わせる。
___今日も来たよ。
そっちはどう?元気にしてる?
こっちは相変わらず、毎日書類仕事に追われてるよ。
英語ばっかで本当に大変。
あの英語嫌いの私が今の部署にいるのなんて奇跡だわ。
萩のせいなんだから責任取ってよね。
まあ、捜一の時は寝る暇も無いくらいに忙しかったから、それに比べたらいくらかマシかな。
でも、机に向かってひたすら作業をするのはやっぱり性にあわないわ。
走り回って、騒ぎまくって、教官に怒られてたあの頃が恋しい。
そういえば、私今警部なんだ。
ただ突っ走ってきただけのつもりだったけど、色んなことが評価されて特例で昇任したの。
それで周りは、私があたかも仕事ができる人みたいに持て囃して、“鬼才”とか何とか呼ぶもんだから、新人に怖がられるんだよね。本当、いい迷惑。
あんたらに比べれば、私なんてまだまだなのに。
ちなみにゼロからは未だに連絡なし。
連絡無くなってからかれこれ2年近く経つんだけど。
ったく、どこで何やってんだか。
まあ、あいつの事だから死んではいないと思うけど。
もしここに来たら私に教えてね。
1発ぶん殴ってやるんだから。
…あれからもう7年経つんだって。全然実感無いや。
今でも昨日みたいに思い出す。
あの破裂音、爆風、焦げた匂い…
忘れたことなんて1度もない。