第37章 ゼロの
某日、
警視庁内の廊下を、それはそれは不機嫌そうに歩く人影が一つ。そのあまりの気迫に、すれ違う人々は若干の距離を空け引いていた。
「あ、お帰りなさいさん。会議どうでした……って、ど、どうしたんすか…?」
フロアに入ってきた上司があまりに眉間に皺を寄せていたため、その扱いに定評のある青柳も思わず顔が引き攣っていしまう。
「…最っ悪よ……」
なぜこんなにも不機嫌なのか、事の始まりは数時間前へと遡る。
____「東京サミット 警備企画書」
表紙にそう書かれた厚い冊子が1人1人の手元に渡り、会議はスタートした。そこそこの人数が収容できるこの会議室に集められたメンバーは、それなりの地位を確立してる警視庁のお偉いさん。つまりは、ほとんどが50代を過ぎた頭の固いおじさん。
そんな場所に、何故か私も招集されていた。
実はここにいるおじさんらの中には、私のことを良く思っていない人も一定数いる。特例での警部昇進な上それが30にもなっていない若い女とくれば、前時代的な考えが根付いているおじさま方からしたらそれは面白くないというわけだ。
そう、私にとってこの空間は地獄そのもの。
はぁ、帰りたい。
「では、当日の現場警備主任は警部ということで」
「……はい?」
「早く終わってくれ」としか考えていなかった頭に突然自分の名前がぶっこまれたため、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
え、現場警備主任って何?
「あ、あの。お言葉ですが、私にそんな大役が務まるとは…」
「おや、若くして警部になられたたいへん優秀な君が随分と惰弱なものだな」
「いや、こんな警部になりたてのペーペーよりも皆様方の方が経験値も能力も遥かに上でしょうし、それに私は犯罪対策課です。こういったことは警備部や公安部の方が適任なのではないかと」
「残念ながらこれは決定事項だ。それともなにか、君はこれを決めた我々に反抗すると?」
「い、いや、そういうつもりじゃ…」
「それに、君は経験値がどうのとほざいていたが、これこそ君のいい経験なるのではないか?こんな機会めったにないだろうしな。
分かったら、光栄なことだと思って言われた任にあたれ」
「…分かりました」
と、こんな感じで半ば強引に現場警備主任なるものに任命され、そのまま会議は終了した。