第35章 新曲
「あぁ安心して頂戴。別に大したちょっかいは出していないつもりだから」
「……僕には関係ありませんから」
「ははっ、嘘おっしゃい。ずーっとあの子を見ていたの、気付かないとでも思った?
バーボン、あなた案外分かりやすいのね」
「……」
女の言葉に対し何か弁解をするべきか、下手に誤魔化すようなことを言うよりは黙っていた方がいいか、男はぐるぐると悩んだ。
いつもの彼なら悩むことなんてせずに卒なくこの場をやり過ごしていただろう。
だが今回ばかりはそうはいかない。自分の無意識下での失態が原因で大事な人が危ぶまれたと分かった以上、慎重に事を進めなければ。
そんな男の様子でさえお見通しの女は、フロントガラスから一切目を離さない男の横顔を見て口の両端を上げた。
いつもは掴みどころのないこの男が、今だけは自分の言葉一つ一つで明らかに動揺している。その事実が、女にとってはそこら辺の玩具よりも遥かに唆るものであった。
「ふふ、大丈夫よ。別にあなたの周りがどうなろうと興味は無いから。あの子に危害を加えるつもりも無いしね」
「そうですか。まぁ何度も言いますが僕には関係ありませんから、どうぞお好きにしてください」
「そう?じゃあやっぱり、あなたの言う通り好きにさせてもらおうかしら」
「…………どうぞ」
不自然すぎる間の後、まるで苦虫を噛み潰したような顔で答える男。ポーカーフェイスが得意な彼が無自覚でそんな反応を示すほど執着するあの仔猫には、一体どれほどの魅力があるのか。その一端に自分も魅せられている事実は、不愉快でもなんでもなくただ単純に面白かった。
女は、という存在により一層の興味を持ったのだった。