第32章 お食事
腰を抱かれたままの体制なため抜け出そうと沖矢さんの胸板を押すが、残念ながらビクともしない。
「あの、離してください」
「君は本当に、この7年間が失ってばかりだと思うのか」
無視かよっ!
お構い無しに話を続けるこの人を私は睨みつけることしか出来ない。
たくっ、体格差が惜しい。
「いいから早く離してください!」
「そうやって失ったものに執着するのもいいが、偶にはこの7年で得たものに目を向けてみてはどうだ」
ま、俺が言えた義理では無いが。
最後にそうつけ加えて、腰に回っていた腕は解かれた。
……この7年で得たもの、か。
確かに、警察官をやっていなければ無かった出会いが沢山あった。
お世話になった上司や先輩、可愛い後輩や部下。
目に前のこの人だってそうだ。
1年前に私がNYへ出張しなければ、出会えなかった。
これまで失ってきたものが大きすぎて、私の周りで私を支えてくれている人達を当たり前に考えていた節があったかもしれない。
みんな、私の大切なものに変わりないのに。
卑屈になりきってそれらを見失うところだった。
「……ほんと、赤井さんには頭が上がりませんね」
お陰で改めて気付けた。
本当にこの人は、私に必要な言葉をくれる。
「ありがとうございます」
自然と口角が上がった。
今回こそは、心からの笑顔を向けられたのではないだろうか。
「……君の笑顔を守るためなら、俺はなんだってするさ。
もう二度と、その顔を涙で濡らせはしない」
そんな意味深な言葉だけを残して、沖矢さんはホームへと戻って行った。
その後ろ姿を見ながら、ふと自分と重ねた。
もしかしたらあの人と私は少し似ているのかもしれない。
発する言葉も考え方も、そして、大切なものを失って尚執着してしまう様も。