第32章 お食事
「遅くなってしまってすみません」
そう言われて時計を確認するが、まだ待ち合わせ時間まで20分もある。
十分お早いご到着だと思うが。
「お待たせした上に、しょうもない輩に絡まれてしまいましたから。次からは私が先に待っています」
「いやいや、気にしないでください。私が勝手に早く来ただけなので」
ん?次からは、ってことはこの食事会2回目もあるの?
初耳なんですけど。
「では、行きましょうか」
そう言って腕を差し出される。
流れるようなエスコート。慣れてらっしゃる。
あまりの紳士的な対応に、その正体があの赤井秀一であることを疑ってしまう。
いや、別に赤井さんが紳士でないと言いたい訳では無いが。
でもさ、ほら、私の中の赤井さんはFBI任務中のお仕事モードしか知らないから。
「ほ、本当に赤井さんなんですよね?」
結局耐えられず、耳打ちで聞いてしまった。
だってあまりにもギャップがありすぎるんだもん。
すると沖矢さんはふっと笑って私の腕をグッと引くと、吐息混じりに耳元で囁いた。
「あぁそうだ。のよく知る赤井秀一さ」
肩がビクッと大きく鳴った。
……突然の耳はよろしくない。本当に。
おかげで囁かれた方の耳が熱くなり、私はそれを隠すように必死に手で抑える。そんな私の様子に満足したのか、赤井さん基沖矢さんはふふっとニヒルに笑みを浮かべた。その笑顔は、宛ら魔王だ。
でも、やっぱり私の知ってるあの冷徹な赤井さんは影も形も見当たらない。
あの長い髪の毛と共におさらばしたということか?
髪切ると人って変わるんだ。
全く、調子狂うなぁ。
ニュータイプの赤井さんに翻弄されながら、沖矢さんのスマートなエスコートを受け目的地である店へと向かったのだった。
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前をお伺いします」
「です」
店に着くなり、清潔感に溢れたウェイターが案内をしてくれる。
口コミ通り店内は静かで照明は明る過ぎず暗過ぎず、そしてウッド調の落ち着きのある空間であった。
我ながらいい所を見つけたな。
2人がけの席に向かい合って座り、メニューから前菜やらメインディッシュやらをオーダーする。