第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
「純粋な好意より、執着の方がよっぽど厄介だ。同門であることは理解しているが、可能な限り彼には近づかないようにしてもらいたい」
言い聞かせるように、ゆっくりとした口調でそう言った。
……そんな心配する必要ないのに
内心そんな事を思いながらも
「わかりました」
それで杏寿郎さんが安心するならばと同意を示した。
「うむ」
杏寿郎さんはそう言うと、私の手をフッと口元へと持っていき
「…っちょ…何してるんですか!?!?」
私と杏寿郎さんが今現在立っているのが人通りのある場所にも関わらず
ヂュゥゥゥッ
と、私の手首に吸い付いてきた。
「…っ杏寿郎さん!?」
幸い私たちのそばには誰もいなかったものの、視界に入る範囲にぽつぽつと人はいる。
…っ…この人は…何をやってるわけ…!!!
羞恥で頬が熱くなり、顔にジンワリと汗をかいてくる。慌てて杏寿郎さんを引き剝がそうと左手を伸ばしたが
「……っ…!」
燃えるような夕陽色の瞳にジッと見つめられ、杏寿郎さんを引き剥がすことも、言葉を発することも、どちらも出来なかった。
……その目…ずるいよ…
熱い瞳も、杏寿郎さんの唇が当てられている自分の手首も、直視していることが出来ず、ただただ真下を向くことしかできない。視線の先には、ソワソワと微かに動く自分のつま先だけが映った。
ヂリヂリと痛むような感覚が離れていくと
「うむ!」
杏寿郎さんが酷く満足げにそう言った。
恐る恐る自分の右手首を見てみると、さきほど獪岳に強く握られたことで赤くなった場所に重ねられるように鬱血痕が残されていた。
……なにこれ…
目を大きく見開き、鮮やかともいえるような鬱血痕を凝視していると、フッと私の周りだけが暗くなった。
”何故暗くなったのか”
残念ながらすぐにその理由がピンと来てしまった私は、もうそんなことをしても無駄だと理解しながらも急いでその鬱血痕を逆の手のひらで覆い隠した。