第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
「そうか。とてもいい名だ!して獪岳。先ほど述べた通り彼女は俺の恋人だ!恋人という立場の人間として、今の君の行動は決して見過ごすことが出来ない。君は何故彼女の手を取っていて、何処へ向かおうとしているのだろうか?」
杏寿郎さんがゆっくりとこちらに歩み寄りながら獪岳にそう尋ねる。すると獪岳は
「……こいつが俺と2人で育手の家に帰りたいって言うので連れて行ってやろうとしていただけです。上官に言い寄られて困ってるなんて愚痴を言って来たので…同門としてそれを叶えてやろうと思っていました」
いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけた。当たり前のように嘘をつく獪岳に、一瞬でも情を優先した自分が馬鹿馬鹿しくなる。
「…っ…あんたねぇ……!」
文句を言ってやろうと口を開こうとした私だが、杏寿郎さんの瞳に制されてしまい大人しく口を閉じた。杏寿郎さんは私が口を閉じたのを確認すると、その視線を獪岳へと戻す。
「彼女は随分と育手である桑島殿を好いているようだからな!前者の言葉は信じよう!だが残念な事に後者の言葉を信じることは出来ない!俺が彼女に言い寄ったことは否定できない。俺が彼女に思いを告げた当初、かなり戸惑っていたようだからな。だが今ではすっかり相思相愛だ!」
そんな杏寿郎さんの発言に
……恥ずかしいから…あんまり余計なこと言わないでよ…!
大声でそう言った杏寿郎さんに、私は心の中で文句を言っていた。一方獪岳は、一瞬怯んだように見えたが
「……でも、あなたとこいつじゃ不釣り合いじゃないですか?」
尚も引き下がろうとはしない。
「こいつみたいに何処の馬の骨かもわからないやつは…っ…!」
更に言葉を続けようとしていた獪岳だったが
「………」
杏寿郎さんから発せられた怒りに、その口を噤んだ。
杏寿郎さんに獪岳、そして私の誰も言葉を発すこともなく、しばらく沈黙が続き、町の活動音や話声が私たちを包む。
その後杏寿郎さんは獪岳が掴んでいる私の右手をさっと奪うと
「彼女は俺の大切な人だ。軽んじるようなことは言わないでもらいたい」
普段よりも低い声でそう言った。