第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
歯切れ悪くそう言った私を、おばさんは不思議そうに見ている。
「…実は…私…左耳が聞こえなくて…全然!私生活には問題ないんですけど…あの…だから…裏方の仕事は出来ても…接客とかは…失礼をしてしまう可能性もあるから…出来なくて…っ…」
せっかく受け入れてもらえたのに、左耳が聞こえないことを伝えてしまえば
"じゃあやっぱりいらない"
と、言われてしまうんじゃないかと不安が込み上げ、自然と言葉が途切れ途切れになってしまう。
私生活に支障がないのだから別に言わなくても…と、思いはしたが、訳あり感がものすごい私の事を、何も聞かずに受け入れてくれたおばさんに隠し事をすることがどうにも憚れた。
「左耳が…?本当かい…?」
おばさんは私が左耳が聞こえていないことがよっぽど意外だったのか、呟くようにそう言いながら、私の左耳をしげしげと見ているようだった。その観察するような行動に、私の胸が大きくざわつき始める。
…断られたら…元も子もないのに…何言ってんだろ…馬鹿だなぁ私…
隠し事をすることが憚れた…と言うのも事実だが、きっと私の根底に
左耳が聞こえなくても誰かに必要とされたい
と、思ってしまった部分があったのだと思う。中々言葉を発さないおばさんに
…やっぱり…左耳の聞こえない私なんてダメなんだ…
と思ったその時
「別にかまいやしないさ」
おばさんは、先ほどまでの明るい口調でそう言った。更には
「あたしゃ言われなきゃ全然気が付かなかったよ…年取ったせいかねぇ…鈍いったらありゃしないよ!やんなっちゃうねぇ…」
まるで気が付かなかった自分が悪い
と、言わんばかりにそんな事を言ってくれた。その言葉に
「…っ…!」
私は思わず泣きそうになった。
…だめだめ…こんな事で泣いてる場合じゃない…せっかく雇ってもらえたんだもん…一刻も早く仕事を覚えて…役に立たないと…!
そう思い、グッと下唇を噛み締め堪えた。
幸いおばさんは私のその行動には気が付かなかったようで
「さ!じゃあこっち来な!まずはうちの味…覚えることから始めてもらおうじゃないか」
そう言いながら店の裏へと続く通路に片足を突っ込みながら私へと手招きした。