第10章 奏でて、戦いの音を
その後杏寿郎さんは、''また今夜も来る!''と言って帰って行った。
"来なくてもいいですよ"
と、いつもの素直になれない私が一瞬顔を出したが
"待っていますね"
最終的に素直な私が勝ち星を上げ、結局その後ろ姿が見えなくなるまで見送ってしまったのだった。
その後、あてがわれた仮の自室へと戻り、1時間ほど仮眠させてもらった。仮眠から目覚め、むくりと布団から起き上がった私に
"昨日座敷に上がったんだってね。どうだった?"
と、同じ部屋で生活を共にしている子に尋ねられた。なんと答えるべきか悩んだ末
"…とっても素敵な人だったよ"
感じたままの気持ちを伝えた。けれども
"太鼓女郎のあんたを強引に座敷に上がらせた癖に素敵だったなんて…あんたもよっぽどの好きものだね"
なんて言われてしまい、苦笑いを返すことしか出来なかった。
遅めの朝食を食べ、いつも通り箏の稽古をしている時間である午前11時。
「…っ痛い…!」
演奏の手を止め、私は大袈裟にその場に丸くなるようになりながらうずくまった。
「鈴音!どうしたの!?」
「やだぁ!なになに!?」
共に稽古をしていた数人が、心配げに私の元へと近づいてくる。そんなみんなの様子に、私はこっそり畳に向け笑みを浮かべながら
「…急に…お腹が痛くなって…朝ごはん欲張って食べすぎたかも…厠に行ってきます…」
と、それはもう具合悪げな声を出しながら言った。
「やだなにそれ。そんな理由?驚かさないでよね。立てる?一緒に行ってやろうか?」
「…すみません…出せばすっきりすると思うので…大丈夫です」
「ったく仕方のない子。ほら!片付けはしといてあげるから、さっさと出すもん出して部屋で休みな!」
「ありがとうございます…」
もちろん稽古を抜け出すためについた嘘ではあったが、食べすぎて腹痛を起こすだなんていささか恥ずかしい理由だったかなとお腹を抱えて、のろのろと歩きながらほんの少し後悔した。