第9章 燃やして欲しい、私の全て※
任務に無事復帰を遂げてから数日後にその時は訪れた。
いつも通り母屋の玄関を開け
「ただいま戻りましたぁ」
と、奥の部屋まで聞こえるように声を掛けた。するといつもであれば遠くの方から”おかえりなさい”と誰かの声が聞こえてくるだけなのだが
パタパタパタパタ
今日はそうじゃなかった。
…この足音は…須磨さん?でも…いつもの感じと…少し違う気がする…。
須磨さんがこうして出迎えに来てくれるのは、なにも初めてのことではない。けれども、その足音がいつもとは明らかに違っていた。
私は離れには戻らず、そのまま玄関をくぐり、草履を脱いで邸の廊下に上がった。
するとほどなくして
「鈴音ちゃん!おかえりなさい!」
そう言いながら須磨さんが私の方へと駆け寄って来てくれた。
「…ただいま。須磨さん」
私の予想していた通り、出迎えに来てくれた須磨さんの様子はいつものそれとは異なっており、私は思わず
「…須磨さん、どうかしましたか?」
顔を覗き込みながらそう尋ねてしまった。
そう尋ねた途端、須磨さんはぐにゃりと顔をゆがめ
「わぁぁぁぁん!行きたくない!行きたくないですぅぅぅう!」
そう言ってわんわん泣き出してしまった。
私は須磨さんのそんな様子に、少し前に雛鶴さんと交わした会話を真っ先に思い出した。
雛鶴さんまきをさん須磨さんが、ついに遊郭に行かなければならない時が来た。
その事実を理解した途端、私の心はズンと、信じられないほど重くなった。
「…須磨さん…」
なんと声を掛けていいかわからず、ぴたりと寄り添いその背中を上下に摩っていると
「お前またびぃびぃ泣いてんのか?ほらこっち来い」
そう言いながら天元さんが居間の方からゆっくりと歩いてきた。ふわりと天元さんの身体から香ってきた甘ったるい香りに、遊郭の調査から戻ってきた所だということがうかがい知れた。