第17章 砂糖菓子の鳥籠 Ⅰ【君という名の鳥籠 予告中編 ♟】
「ティアズリリーに関わるすべての事柄は、この月の廃園において秘伝とされている」
カレッセン公はゆっくりと言った。
「ティアズリリーの秘薬の生成方法、その秘薬の主原料である蒼い百合の栽培方法、
そして万能薬としてのティアズリリーの扱いかたからその生息地に関することまで全てね………。
それらはこの古城が「弔いの聖域」と定められるより遥かに以前から、
先祖代々の秘密なんですよ、アリエ殿。
当然、ティアズリリーを他家の者に譲ることも固く禁じられている」
「それは承知しておりますわ。
ですが何事にも例外というものはあるのでは?」
「貴女の御生家で雇っている、悪魔執事たち。
彼らは天使たちと互角に闘える力を持ち、そしてみずからの主に傅き守っている………。
彼らはこの世界においての救世主でありながら、その風当たりは冷たい」
唐突な話題の転換に、ヴァリスが瞬きする。
カレッセン公は微笑んだ。
「彼らの誕生で、この世界は大きな変革を迎えました。
それまでサルディス家の兵士たちが守っていた、この世界の覇権と人々の命の価値を、
百八十度ひっくり返したと言います。
けれどその全ては秘密とされ、主と彼らだけが共有する事柄とね。
アリエ殿………貴女の弟君の命の価値は、彼らの全てより重いのですか」
思いがけない言葉にヴァリスは唇をかむ。
「その当時、グロバナー家では彼らに関わる全てを秘伝とし、
契約の秘密を知る者たちにも徹底的にその全てを守らせたと聞いていますよ。
他家に契約の方法を知られては、
この世界の救世主としての価値が薄れ崩れ去ってしまうのですから当然ですね」
カレッセン公は肩をすくめた。
「ティアズリリーもそれと同じですよ、アリエ殿。
貴女の御生家における悪魔執事が、この月の廃園のティアズリリーなのです。
いや、それ以上かもしれない。
この世界の守り手に限定される彼らより、ティアズリリーのほうが遥かに用途が広いのだから」
柔らかな微笑のなかに、何処か冷たいものが滲んでいる。
綻ばせた唇は別の思惑を含んでいる気がして、ヴァリスは思わずその身を震わせた。