第3章 うたた寝と時雨【✝️ ⇋ 主 ✉】
駆け込んだ宿屋。ぽた、ぽた、と髪から水が滴る。
「主様、こちらのタオルをどうぞ」
さらりとした髪が、水を含んでより艶やかさを増す。
首筋に貼りついた後れ毛から、さっと視線を解いた。
「ありがとう。ハウレスも拭いてね」
ふわりと微笑うおもてから、零れそうな優しさ。
胸元に垂らした髪を挟み込むように拭きながら呟いた。
「替えのお召し物をご用意いたします。少々待っていてください」
「うん。いってらっしゃい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「主様、お待たせいたしました」
控えめな叩扉のあと、呟くけれど。しん、と音を許さないままで。
「主様……?」
不審が胸を塗りつぶす。迷った末に、「失礼いたします」とドアノブを回した。
案の定、彼女は眠っていた。すぅ、すぅ……と穏やかな寝息を立てている。
「主様、………主様。こんな処で眠ったら、お風邪を召してしまいます」
頬に触れても、瞼がひらく気配はない。
「ん……ハウ、レス…………。」
「!」
心臓が強く脈打つ。
突然この世界に招かれて、一方的な役目を与えられ。
それでも執事たち(彼ら)に優しく接する、心の広く優しいひと。
「ヴァリス様……。」
いつからだろうか。その笑顔を向けられるだけで、胸が温まるようになったのは。
日に日に膨らむ想いを、抑えつけるのは酷く苦しいけれど。それでも。
(俺は、主様の執事『ハウレス』だ)
そっとブランケットをかけ直す。
「お休みなさいませ、ヴァリス様」
瞼に唇を押し当てる。大切なひとに捧げるような、祈りのキスを。