第1章 囚われの姫
(…こんな力、いらない…)
月明かりに照らされた部屋であやめは自分の手を見つめた
この力のせいで大切なものが全て壊れていく
優しかった父親も、笑顔が絶えない母親も、仲の良かった幼馴染も
全部……
「…ふぅう…ッ」
胸に広がる感情を押し殺すようにあやめは固く目を閉じた
次の日の朝
トントントンッ
「ん……」
「旦那様がお呼びだ、早く出ろ」
あぁ、今日も
自分は道具になるのか…
気持ちを押し殺し、顔から表情が消えていく
「遅いぞ、いつまで待たせるのだ」
苛立った様子の父親に家来がペコペコと頭を下げる
「…ふん。まぁ、良い。今日は大きな商談がくるのだ」
「……商談?」
いつもの治すだけのとは違う物言いに思わず聞き返すあやめ
その顔をニヤリと笑った父親は続ける
「今度の金づるは、なんと海の向こうにいる輩どもだ。確か…海軍、とか言っていたな。」
父親の話によると、どこからか癒しの力を持つあやめの事を知った者がそのまま海軍の耳に入り、その能力に興味を持った海軍が直々に会いに来るとのことだった
それも今までにない金額を提示して
(つまり、私を餌にして搾り取るつもりなのね…。)
欲深い父親の思惑を感じ取ったあやめは嫌悪感しか感じない
最早、父親の目には海軍から“もらえるであろう”大金の事しか頭に無かったのだった
その日は海軍を迎え入れる為の用意で忙しかった
欲しくもない、着たくもない豪華な着物を選び、髪の手入れもし、薄化粧も施された
そして、いつもの離れではない屋敷の一部屋へ連れて行かれた
屋敷の部屋はあやめにとって吐き気すら覚える場所であった
忌まわしい記憶が蘇るから…
その日の夜、屋敷が騒がしくなりガヤガヤと大勢の人が出入りしているのが分かる
どうやら海軍がやって来たようだ
自分は明日会う予定で、今日は手配した花魁達でもてなす事となっている
(…今日呼んだ彼女達だって…どうせ手をつけたくせに…)
吐き気さえ覚える事実から気を紛らわせるために頭を振りかぶった