第2章 男性客の正体は?
和菓子屋風月庵の看板娘の安。
今日はお使いを頼まれて、風月庵にはいなかった。
風月庵の和菓子を使ってくれている茶道の家元へ、和菓子を届けに行っていた。その茶道の家元は女性で、安を大層気に入っていた。和菓子を届けに行くと、やれお茶を飲め、やれ珍しい洋菓子がある、とあの手この手で安を引き止めた。そのため帰路に着く頃には、すっかり暗くなっていた。
「早く帰らないと。」
安は小さくつぶやくと、早足で歩いた。
ふと、安は足を止め後ろを振り返った。何やら視線を感じるような気がするし、人影もないのに、足音のような音もする。
「おぉ、若い女だ。これゃうまそうだ。」
どこからともなく現れたのは、人間ではなかった。口が耳まで裂け、長い舌はだらりと垂れている。剥き出しの手や足には鉤爪のような爪が見えた。
(鬼だ。)
噂で聞いた、人を喰う化け物だ。
安は前を向くと、全速力で走り出した。今いる辺りは民家がない。
(とりあえず人のいるところへ。)
全速力だが、所詮女の足だ。安の頭上を飛び越えた鬼が、安の目の前に立つ。鬼が腕を振り上げた。
安は声も出せずにそれを呆然と見上げた。
(あぁ。もうダメだ。)
鬼の腕が振り下ろされる。その時、安は強い風を感じた。