第14章 擦れ違う心
自分は、信じると言った。
“お前が傍を離れないかぎり、俺はお前を信じる“
そう音羽と約束した。
それなのに今は、そんな決心さえ揺らいでいる。
何でも器用に熟せてると思っていた。だが自分は存外、人の心に疎いらしい。これも他人の目など気にせずに、ただ前だけを見て突っ走ってきたことの弊害の一つだと思うと笑えてくる。
錆兎は長く息を吐き出すと、仕事に集中すべく筆を手に取った。
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音羽と義勇の二人の準備が整った頃、錆兎は庭に出ていた。
「頼むぞ、誉」
お館様への手紙を脚にくくりつけた、鎹鴉の誉に声をかける。誉は返事の代わりに「カー」と一声鳴くと、晴れ渡る空に飛び立っていった。
錆兎はそれを確認すると、二人の待つ屋敷の門へと向かう。庭から繋がる通路を通り、門の近くまで来ると音羽と義勇の話す声が聞こえて来た。
「目の腫れ…引いたようだな」
「うん、湯浴みもしてスッキリとしたし」
「そうか。だが…錆兎は多分気づいていた。本当に言わなくて良かったのか?」
「うん、いいの。義勇もこのまま黙ってて、お願い」
只でさえ、厄介な案件が迷い込んできたのだ。錆兎にこれ以上の心労を負わせたくない。
「お前がそう言うのなら、承知した」
「ありがとう、義勇」
義勇は小さく頷くと、穏やかに微笑んだ。
(……そうか、義勇には相談するんだな)
思わぬ形で盗み聞きする羽目になった錆兎の表情が、小さく陰りを帯びる。
(俺には、何も言ってくれなかったのにな)
ズキッ…
胸の辺りに激しい痛みが走った。そしてその痛みがまた、錆兎の胸に黒い影を落としていく。