第9章 水際の攻防
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早朝、うっすらと空が明るくなった頃、音柱との合同任務を終えた音羽は、人気のない街道を歩いていた。肩には、音羽の鎹鴉の花子が止まっていた。
「花子、次の任務は?」
「マダ来テナイワ!」
なら、隊が用意してくれた宿で一休みすべきだったか、それとも少し歩いて、ここから一番近くの藤の家で休ませてもらうべきか。
ここ暫くの間、錆兎の熱烈な攻撃から逃れる為に、任務を入れまくっていた。そろそろ身体も限界を迎えていた。
と、そんなことを考えているから、また頭の隅に錆兎の顔がちらついてくる。
(錆兎は今頃、何をしてるかしら。)
そんな事が頭を掠め、歩みを止める。
怒ってるかもしれない。勝手に連絡を絶って、顔を会わさないように逃げ回ってることに。
いや、怒ってるだろう。
別に会うのが嫌なわけじゃない。
寧ろ、会いたい気持ちのほうが強い。
ついこの間、錆兎の本当の気持ちを聞いて、初めて肌と肌を合わせて抱き合い、心も身体も一つに結ばれた。
あの時の錆兎の温もり、広い胸に包まれた時の感触、匂い、耳元で囁かれたあの男らしくて優しい声、全てが身体中に染み付いて、離れてくれない。
心が舞い上がって、まるで夢でも見てるみたいに幸せで、怖いくらい素敵な時間だった。
だって、ずっと好きだったんだから。出会った時から、ずっと。これだけは錆兎の好きよりもずっと年季が入っていると自負してる。
でも……だからこそ、会えない。
今会ってしまったら、きっと決心が揺らいでしまう。
(錆兎、ごめんね。……私、弱虫だから。)
ふと、音羽の頬を暖かいものが流れ落ちた。
(あれ…、私…泣いてるの?)
頬を伝う雫に、指先で触れる。
自分で決めたことなのに、泣くなんて…そんな権利もないのに本当に自分勝手過ぎる。