第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
夏虫が音楽隊のように涼しげな音をたてている、そんな越後の夜。
舞は星々が輝く夜空を眺め、酒を飲んでいた。
「はぁ、夜になっても暑い…。
毎日着物で嫌になっちゃう」
舞は肌を露出させた現代服を身に着けているが、その露わになった肌も汗と湿気でわずかに湿っている。
今年の越後はいつになく暑く、舞が戦国時代に飛ばされて初めて迎える夏としては厳しい暑さであった。
「越後の夏は涼しいって聞いていたのに、こんなに暑くてやってらんないよ」
日によっては日本海側から吹いてくる海風で涼しいのだが、舞はキンキンに冷えたビールや涼しい風を送ってくれるエアコンといった明確な涼を求めていた。
「シャキッと目が覚めるような冷たい物が欲しいな」
ぬるい酒をうらめし気に眺めていると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
振り返ると謙信が大きい甕を抱えて歩いてくるところで、聞かなくとも甕にはお酒が入っているのだろうと想像できた。
「謙信様じゃないですか、こんな時間にどうしたんですか?」
ほろ酔いの舞が扇子をパタパタさせながら笑いかけたが、謙信はムッと不機嫌な顔つきになった。
謙信「どうしたはお前だ。
なんだその格好は?ふしだらにもほどがあるぞ」
指摘されて舞は自分の服装を思い出し、ぽりぽりと頭をかいた。
「暑くて眠れなかったし、もう夜中だから皆寝ちゃったと思って涼しい格好に着替えたんです。
ふしだらと言われても500年後の部屋着としはまあまあ普通ですよ」
舞はキャミソールタイプのブラトップと太もも半ばまであるショート丈のパンツだ。
京都旅行中、ホテルでこの格好で過ごそうと旅行バッグに入れておいたものだった。
しかめっ面の謙信は甕を傍らに置いて座り込み、じろじろと舞の方を見てきた。
謙信「変人の装いだ。遊女でもそんな格好はしない」
「そんなことを言われても暑くて気分が悪くなりそうだったんですから、いーじゃないですか。
私からすればこんなに暑いのに着物を着ているほうがおかしいです」
反省をする気配はなく『女遊びをしない謙信様が遊女を見たことがあるんですか?』とケタケタ笑っている。