第4章 姫がいなくなった(兼続さん)
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兼続「謙信様、お茶をお持ちしました」
謙信「ああ」
朝の騒ぎのせいで、朝餉もとらずに執務をしていた謙信のところに、兼続が茶を運んできた。
その場に居た幸村がぎょっとしている。
幸村「あれ…お茶じゃなくて、信玄様の饅頭じゃねえか」
饅頭に押されている焼き印は信玄御用達の店のものだ。
義元がくすりと笑った。
佐助は自室でワームホールの発生日時を確かめる作業に入っている。
義元「いいから……黙って見ていてごらん」
二人が静かに見守る中、謙信は難しい顔をしたまま饅頭を手に取り、口に運んだ。
いつもなら絶対口にしない饅頭を無表情のまま咀嚼し飲み込んだ。
そのまま何も言わずに、黙々と仕事を続けている。
幸村が信じられないものを見るように、二人を凝視している。
幸村「いつもなら『口が甘ったるくなる』とか文句を言うくせに、どうしたんだ?」
義元が扇子を広げて口元を隠した。
くすくすと笑う仕草は品が良く、優雅だ。
義元「ああして普段通りに仕事をしているように装(よそお)っているけど、二人共舞が心配すぎて、お茶と饅頭を取違えるほど動揺しているんだよ」
幸村「いくら心配でも茶と饅頭は違い過ぎるだろ…。
それにどうしてくれるんだ、信玄様の今日の菓子だったのに。大体あの人、『頭を使うと甘い物が欲しくなる』ってうるさいんだぞ?」
こんな非常時に甘味屋まで買いに行っている場合ではないと、幸村が大仰にため息を吐いた。
義元「じゃあ俺が買ってきてあげる。饅頭だけでいいの?」
幸村「……義元はあいつがいなくなっても心配じゃないのかよ」
義元「これでも心配しているよ。俺に情報を持ってきてくれる人達は城には居ないんだ。
甘味屋に言ったついでに芝居小屋に行ってくるよ。
確か今日、安土から越後に旅芸人の一団が到着するはずなんだ。道中何か見なかったか聞いてくる」
義元はするりと立ち上がり、広間を出ていった。
幸村はそれを見送って元の場所に戻ると、相変わらず謙信が饅頭を食しながら仕事をしていて、兼続は自分の過ちに気付かず、無表情で座っている。
幸村「ったく、謙信様も兼続も、心配なら心配だって言えばいいのによ」
これ以上大ごとが起きないよう、幸村は二人を見守っていた。