第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
私が住みこみで働いていたのは安土で評判の茶屋だった。
職人が苦労して練り上げる餡子が評判で、その餡を使った大福は一日に三百作っても足りず、昼過ぎには売り切れた。
常連「職人を増やして、作る数を増やしたらどうだい」
店主「それが仕事がきつくて新しい人が続かないもんでね」
常連「そうかい。残念だねえ」
(新しい人なんて何年も入れてないくせに、よく言うわ)
私は忙しく手を動かしながら店主に毒づいた。
善良そうに見える茶屋の主人は、実のところ非常にケチで人使いが荒い。
新しい職人を入れることなく時間いっぱい働かせて威張ってばかりだ。
職人さん達のボヤキを聞く限り、こんなに繁盛していても賃金は変わらず、時によって材料費が高くついたからと下げられることもあるそうだ。
職人の賃金を下げている割に自宅はちょっとした豪邸で、壺やらなんやら価値がよくわからないものに散財しては運び入れている。
「ふん」
店主の言葉に呆れながら、椅子を卓の上にあげて床を掃き清めていく。
ざっ、ざっという箒の音は、店主に対しての不満で少々荒っぽくなってしまった。
(さっさと片付けなきゃ、次が来ちゃう)
呑気に話をしている店主をよそに、こちらは大忙しだ。というのもこの店は和菓子職人が帰った後、違う職人がやってくるからだ。
夕方からやってくる職人達は和菓子職人とは違って陰気で口数も少なく、数えるほどしか会話をしたことがない。
よくわからない葉や、木の実、何かの根っこなどを持ち込んで、それを茹でたりあぶったりした後、ゴリゴリと薬研(やげん)とすり鉢で粉末にしている。
そうして粉末になったものを薬包紙に包んで売っているのだが、中身がなんなのか私は知らない。
夜になると茶屋は怪しい取引場になり、こそこそやっているところを見れば、まともな品じゃないっぽい。
薬を買ってすぐに帰る人も居れば、女連れで来店し、二階に上がって睦み合っている客も居る。
私はというと女連れの客を二階に案内する役だ。
好きでやっている仕事ではないけど、10歳で親を亡くし、道端で物乞いをしていたところを店主に拾われた身なので辞められなかった。
『お前は家族だから』と白々しい理由で給金は貰えず、しかし食事や寝る場所に苦労せずに済んだので黙って従っていた。