第25章 耳掃除をしよう(安土勢)
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家康が生薬の粉末を薬匙(やくさじ)で掬ったところで動きを止め、じっと見入っていた。
だがすぐに手は動き始め、計りを使わずとも正確な量の薬が鉢に入れられていった。
政宗「よお、家康」
掛け声とともに襖が開き、片手に菓子を持った政宗が現れた。
家康「なんですか、急に」
政宗「舞に聞いて作った菓子の試作品だ。
七味を加えた醤油で味付けしたおかきなんだが味見してくれ」
家康「政宗さんもよく作りますね」
家康は呆れたように言って、おかきの山に手を伸ばした。
政宗「お前もだろ。こんなに置き薬を作って……ん?
その匙、舞の耳かきににてるな。
まさか禁止令がでるとは残念だよな?」
政宗が見ているのは、家康がさっきまで手にしていた薬匙だった。
家康「そうでもないです。
政宗さん、このおかき、俺用だったら全然辛さが足りません。
舞用ならもっと七味は控えめで良いと思います。あの子、辛いの苦手みたいだから」
政宗「やっぱりそうか。わかった、ありがとな。
試作品は置いていく」
家康「ご馳走様です」
立ち上がった政宗は、何か思い出したように口の端を釣り上げた。
政宗「耳掃除、女だったら良いらしいぞ。
して欲しいなら女装して『康子です』って行ってみろよ。
さっき秀吉も茶杓(ちゃしゃく)を見てぼうっとしてたから同じこと言っておいた」
家康「…誰が康子ですか。絶対行きません。
耳掃除なんてしなくても支障はありませんから」
政宗「しなくても良いが、あれは良かったよな。
政子になって行く価値ありそうだ」
政子と聞いて、家康は閉口した。
政宗が突拍子もないことを言うのはいつものことだが、流石に女装となると止めなくてはいけない。
(政宗さんが女装してるところなんか想像もしたくない)
一瞬過った政子と秀子の姿に、家康は背筋にゾクゾクと寒気を感じた。
家康「そんなに図体のでかい女、この日の本に居ませんよ」
政宗「背中を丸くすればなんとかなるだろ」
家康「ならないと思います。
目撃した人達が悪夢にうなされるので絶対やめてください」
かくして安土の人々は、『信長様が禁じられる程気持ちが良い耳掃除とは、どんなものだろう』と口々に噂しあったのだとか…。
END