第1章 日ノ本一の…(上杉謙信)(R-18)
(姫目線)
兄上が小姓として春日山城にあがるのが決まった。
私の家はお世辞にも大きいとは言えない。
先祖をいくら遡(さかのぼ)っても勇猛な男は居ないし、麗しい姫が居たという話もなかった。
あけすけに表現するならば『ぱっとしない武家』だ。
そんな家に、降って湧いたかのような名誉なお話。
両親は喜び、兄上も張り切って城に上がる準備をしていてのだけれど………
「兄上、身体のお加減はいかがですか?」
兄「大丈夫だ…と言いたいところだが、正直こうして口をきくだけで骨に響く」
褥に横になっている兄の顔は蒼白だ。
兄は剣の稽古中にあばら骨を折り、転倒した時に足首をねん挫してしまった。
「申し訳ありません。全力でこいと言うので本気でやってしまいました」
兄「いや…お前の実力を見誤っていた俺が悪い」
そう、何を隠そう兄の稽古相手は私だった。
子供の頃より剣術が好きで、この齢になるまで毎日稽古をしていた。女の身なので帯刀は許してもらえないけれど、その辺の男達に比べれば腕は確かだと自負している。
兄「しかし父上から聞いたが、本当に春日山城に行くのか?」
「はい。兄上が回復するまで、代わりとして城にあがろうと思います」
兄「お館様は女嫌いと聞く。お前には無理だ」
「弟の尚文(なおふみ)になりすまし、男として参ります。だからこうして髪を切って参りました」
2つ違いの弟とは顔立ちが似ている。声が高いのも、身体の線が細いのも成長段階だと言えば良い。剣術の嗜みもあるし、父上の雑務も手伝ってきた経験もある。
兄「お前の美しい髪が…勿体ない」
うなじも露わになった短い髪形に、兄上の顔が曇った。
「何をおっしゃいます。髪など放っておけば伸びます。
今はこの家に舞い込んだ幸運を逃さぬよう努めなければいけません。このままでは小姓の話が立ち消えになってしまうかもしれないのですから、そうならないためにも兄上の場所は私がお守り致します。
城にあがったばかりの者を、いきなりお館様の傍にはおきません。
小姓の見習いとして雑務をこなすだけなら、女だと気づかれることもないでしょう。
しっかりと養生なさってください、兄上。そして…必ずお迎えに来てください」
余程痛むのだろう。青白い顔に冷や汗を浮かべ、兄上が頷いた。