第12章 及川徹夢 勝てない相手
バレー選手として人気が合って、上手な及川が天才、と言うのだから本当に上手い人だったのだろう。
「タカちゃんの隣に立っても恥ずかしくない様に上手くなってから、って馬鹿みたいなプライドと意地張る位だったら、さっさと言っておけば良かったよ。ずっと前を進んでて、交通事故で逃げるとかズルすぎる」
スっと顔を上げ、及川は言った。
「俺、タカちゃんの隣に立てる様な男になれてたかな?ウシワカや飛雄みたいに立っていて恥ずかしくない、バレー選手になってたかな?そうだったら好きだ、って言えてたのにね」
死んでも尚、及川の心に居るその人が羨ましかった。
どれだけ輝かしく、魅力ある女性(ひと)だったのか、私には想像する事も出来なければ許されないけれど。
「…………斑鳩。俺多分これから先誰かを好きになったり、付き合ったり、結婚したとしてもさ、きっと心の根本に君が居座るんだろうね。ああ、安心してよ。妹ちゃんには手を出さないから。飛雄が五月蝿そうだし、妹ちゃんそもそも昔から俺の事苦手だったみたいだしね」
よっと、と立ち上がった及川は墓石にコツン、と拳を宛てて言う。
「勝ち逃げしたの一生許さないから。その代わり、俺は絶対にプロになって一泡吹かせてやるから覚悟してろよ」
これ以上は聞いていてはいけない二人だけの話だと思い、墓地を後にした。
私は及川の様にあそこまでたった一人を想う感情があるのか、考える。
彼に対する気持ちは、彼個人に対してなのか『及川徹』と言う人気者に対してなのか、すぐに答えは出なかった。
その時点で彼に対する恋心は持ってはいけないし、そんなミーハーな感情で傍に行くのは、真剣に一人を好きでいる彼に対して失礼だ。
「あーー、故人が相手なんて絶対に勝てない!」
一人歩きながら大声で言ったら、心が軽くなった気がした。
失恋は辛いけれど、好きな人が好きになる人は素敵な人に決まっている。そう思うと辛くはない。