【夢小説】バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある【HQ/影山飛雄】
第8章 六話 開放されたのだが
母親が「焼肉屋は服に臭いが着くから好きではない」と言っていた理由が、今の朔夜には痛い程に理解が出来た。
「油くっさ……」
服にべったりと着いている煙と肉の臭い。
場の空気に流されていたが、肉を中心に焼いているのだから煙が凄かったし、何よりも量が多かったのだ。
それで臭いが移らない訳が無い。洗濯決定か、と諦めて服を洗濯機へと投げ込み、淡い期待で上着のパーカーは無事だろうか、と臭いを確認してみた。
残念ながらパーカーにもばっちし油臭い臭いが染み付いていた。当たり前だよなぁ、と溜息を漏らしていた所、ふわりと違う匂いが鼻を掠めた。
不快感は特にない、人の匂い。
何となくだが、落ち着く様な匂いの気がする、そんな匂い。
「〜〜 !! 」
匂いの主が誰なのかを認識する前に、パーカーを丸めて乱暴に洗濯機へと投げ付けてしまった。
油の臭いに紛れて匂ったのは間違いなく影山の匂い。
ほんの数十分の満員電車で抱き締められている間に匂いがついてしまった様だ。
小柄とは言わないが、大柄とは残念ながら言えない朔夜の事を、簡単にすっぽりと抱え込めてしまう体格の良さ。
胸板もしっかりとしていたし、腕も太かった気がする。
スポーツマンと言うだけある肉体に抱きしめられるなんて、普通に生活してきたらそうそう無い。
それを今日初めて朔夜は経験したのだと思うと、急に顔が赤くなってしまった。
別に男が苦手な訳じゃないけれど、抱きしめ合う様な関係になった相手はいない。
自分にあんなに真正面から告白された事自体が初めてなのだ。
(落ち着け落ち着け!雰囲気に流されるな!)
ブンブンと首を振り、気持ちを落ち着かせていく。
そもそももう出会う事の無い相手なのだ。あからさまに連絡先を知りたがっている様子をしていたが、全力でスルーをした。
知られているのは名前と学校の最寄り駅の二つだけ。それ以外は特に個人情報を知られていない。
最寄り駅が分かっているとしても、朔夜は通学に電車を使っていないから張り込まれた所で出会う訳がない。
そもそも相手はプロの選手であり、一日中駅に張り付くなんて行動は不可能である。だから、もう朔夜は試合観戦に行くつもりはないので、出会う事はないのだ。
影山の要望である試合観戦には答えたのだ。もうそれで十分だろう。