第29章 五条家当主
互いの唇がゆっくりと離れ、視線が絡まり合うと二人で「ふふっ」と小さく笑う。
だって私の顔も悟の顔も、涙でぐちゃぐちゃになっていたからだ。
「悟が泣いてるところ、初めてみた」
「だって嬉しくてさ、でも好きな子に泣き顔見せるとかダサすぎだよね」
「ダサくないよ、色んな悟が見られて嬉しい」
「しかもプロポーズも、こんな場所でこんな風に言うつもりなんて無かったのに。ちゃんとした場所でちゃんとカッコ良く決めるつもりだったのに…」
「そうなの?」
「そうだよ、僕なりの計画があったの。それなのに…リンが凄く嬉しい事言ってくれるから…抑えられなかった。こんなダサいプロポーズしちゃって僕絶対一生悔やむよー!」
「そんなことないよ、全然ダサくなんてなかった。すっごくすっごく嬉しかったよ」
未だにうるうると瞳を潤ませた悟は、眉を垂れ下げ甘えたようにして私を見下ろす。
「リンがそう言うなら……んー…でもやっぱりもう一回!ちゃんと夜景の見えるスイートルームでスーツ着ながらデッカいダイヤ持ってプロポーズリベンジする!!絶対するから!!」
「あははっ、すごい、ドラマみたいだね!」
拳を握り締め気合を入れたような顔をしてくる悟へニコニコと笑えば、悟も私を嬉しそうに見つめた。だけど次の瞬間にはその表情を冷静な顔付きにかえて…
「僕さ、正直な話しこの家に良い思い出とか全くないんだよね。むしろ最悪な記憶ばっかり。僕からしたらここは家族と住む実家というより、五条家次期当主として生活していたただの箱みたいなモノなんだよね」
悟はそんな事を言いながら、特に何も思っていないような表情で中庭を真っ直ぐと見つめる。