第29章 五条家当主
「女物の着替えを持って来い、それ以外は僕の部屋に誰も近付けるな」
目も合わせる事なくそう言い放った悟へ、一番手前にいたスーツを着た男性が「かしこまりました」と再び深く頭を下げた。
どうやらここの方々は、とても教育が行き届いているらしい。
当主様が素知らぬ女を抱えていても、眉ひとつ動かさず礼儀正しい態度を取っている。
うん、悟って怒らせたら怖いもんね。
私は余計な事を言いまいと黙ったまま悟の腕に収まっていると、一つの襖の前で悟は足を止め戸を開いた。
そこは、あの日…あの年末に連れてきてもらった部屋とは違う場所で。
今はここが悟の部屋なのだと言う事が分かる。
広々とした和室は、傷ひとつない綺麗な畳が敷かれており、目の前には縁側の先に中庭が広がっている。
「うわぁ、綺麗なお部屋」
思わずそう言葉を漏らした私に、悟は「僕もここは五条家の中で唯一気に入ってる」と言って目尻を下げた。
悟はそのまま私をゆっくりと下ろすと、丁度襖の方からトントンという控えめな音が聞こえてくる。